佐々木俊尚

週末に読む :『「若作りうつ」社会』 穢れなき立ち位置という病

2014.04.18

 ブログ『シロクマの屑籠』で知られるシロクマ先生の新著『「若作りうつ」社会』を読みました。Kindle版も出ています。若者は思春期を経て大人になり、成熟して年長者の落ち着きを得ていく。そういう人間的な成長や円熟が、いまの日本社会からは消滅しているのではというのが、この本のテーマです。

 「アニメや漫画は言うに及ばず、ドラマや映画の世界でも、結婚前の若い男女が活躍する作品が主流を占めています。高齢化社会を迎えたことを思えば、父や母、祖父や祖母がストレートに感情移入できる作品がもっと増えても良さそうなものですが、現実には、そのような年長者向け作品はあまり増えていません。歌謡曲の世界でも、青春を歌っていた往年のアーティスト達は芸風を変えることもなく、いまだ若々しい歌を歌い続けています」

 「そんな現代日本で、思春期のような心持ちと生活を維持するのはさほど難しくはありません。"どこもかしこも、みんな若さ志向"なのですから。ところが、いざ長かった思春期を終えようと思い立った時、あるいは祖父母のような還暦を迎えようと思った時、これまでのライフスタイルを変更し、年長者然としたライフスタイルに移行するのがおもいのほか難しいと気づかされます。お手本になりそうな年長者は周囲に見当たらず、テレビはというと、往年のスター達も意外と若々しく見えてしまうので、これもあまり参考になりません」

永遠の自分探し

 これが心身に負担をかけているのではないかと、精神科医のシロクマ先生は言います。若いころから自分探しに明け暮れ、アラフォーになっても自分探しが終わらず、「よりどころもアイデンティティも空白なままの、どこか重量感に欠けた"思春期おじさん・おばさん"がたくさんできあがった」。まあ永遠の若さというのは理想的に見えるし、昔からそうやってクリエイティブな若々しい人生を老いてもなお維持したアーティストや英雄はいたわけで、そういうのに憧れる気持ちはあるでしょう。でもそういう人生を得られるのはごく一部の人たちでしかなく、以前だったら多くの人たちはそれなりに夢を諦め、地に足の着いた人生を歩み、悔悟がありつつも落ち着きを得て、ゆっくりと年を重ねていくということが可能でした。

 これは親子関係も同じで、他の年長者に口を出されなくなって、家庭内で親子関係が「純粋培養」されやすくなったと本書は指摘しています。「子どもに学ばせる内容や、親子の絆を自由にデザインできるようになった」「親子関係がどれほど歪んでいようとも、他の成人が修正してくれる確率が下がった」

 どうやって老い、どうやって死を迎えるのか。もはや年長者のロールモデルも、死のロールモデルも存在しない。もちろん団塊世代やその上にも素敵なシニアは現実にいるでしょう。しかし終身雇用のシステムを満喫して、退職金も年金もたっぷりもらって老後を暮らしているいまの高齢者は、これからの社会を生きる人たちの手本にはなりにくいのではないかと思います。加えて、団塊世代あたりになると、本書で描かれているような「年長であること」を拒否して「若作り」にまい進し、老いることを拒否している人もたくさんいるのではないかと思います。

 「レアリティ(佐々木注:希少さ)を欠き、尊敬を欠き、宗教を欠き、若さを至上の価値と見なす社会情勢のなかでいかに円熟した老いを実現していくのか? 現代のお年寄りにとって、生きがいのある老後とはどのようなもので、老いや死を直視するとは、どういうことなのか? こうした問題は、現代のお年寄りの課題であると共に、今、人生の春に浮かれている人々にも巡ってくる課題でもあります。お年寄りを邪険にしたところで痛くもかゆくもない若年者とて、若さ至上主義を内面化したまま年を取っていけば、いつかは他人事ではなくなるのです----その際、若さ至上主義を内面化している人ほど、自分自身の信ずる価値観に復讐され、老い衰えた自分自身を裁かなければならなくなるでしょう」

 古いムラ的な共同体から切り離され、風通しの良い空間に押し出された結果、私たちはムラで定められていた役割(ロール)からも自由になりました。そこでは年のとり方でさえも、個人に委ねられる世界です。かつての鬱陶しいムラ的空気感=父親という存在が消滅し、家父長に反抗する必要がなくなってしまった代わりに、家父長が持っていたような「年長者としての重み」みたいなものを、自分自身で探さなければならなくなってしまったというジレンマに陥っているのかもしれません。

成熟とは清らかさを捨てることである

 本書では「若さ」というものを、自分の居場所をまだ見つけていないような状態として捉えていると思います。「あるべき自分の姿」を探し、自己実現や自己承認欲求に飢え、「自分とは何者か」という若い苦悩を抱え続けている。それが「若い」ということなんですね。

 成熟して居場所を見つければ、若いころの理想はある程度は捨てなければなりません。捨てなければならないのは理想だけじゃなく、幼くあることのかわいらしさも、そして清らかさも。つまり成熟というのは、ピュアであることから脱し、汚れも自分の人生の一部として引き受け、そういう灰色の地点を自分の居場所として納得させるということなんじゃないかと思うんですよね。

 逆から見てみると、若さというのはいつまでも自分がピュアであることにこだわり続けることなんじゃないかと思います。灰色であることを拒否して、自分が清らかな場所にいるということ。空想の中で自分を理想化していれば、自分の汚いところや自分のダメなところを直視しないで済む。穢れてると思うような人々や場所に近づかないで済む。いつまでも自分の居場所を探し続けるってことは、現実への直視を避けて、「穢れなき幻想」を抱き続けることであるとも言えるんじゃないでしょうか。

1970年、ある若者の発言

 自分はピュアであるという立ち位置を確保して、そこからグレーな人や悪人を指弾するというのは、ネットメディアでもどこでもよく見られる現象です。たとえば1970年ごろ、作家の故小田実さんは広島で開かれた平和集会で、こういうシーンを目撃したという話を書いています。集会の席で、年老いた女性が重い口を開いて自分の被爆体験をとつとつと語っていたところ、ある若者が立ち上がって女性のことばをさえぎって、居丈高にこう言ったんだそうです。

 「あなたの体験のことはもうみんなが知っていることだ。そんなことより問題は、あなたが自分も加害者だったという事実をどれだけ認識しているかだ」

 太平洋戦争が終わった後、日本人の多くは「自分たちは軍部に騙されたんだ」という気持ちになり、みんな被害者意識でいっぱいだったんです。そもそも戦争をはじめたのは軍の独断なんかじゃなくて、日本人の多くが英米との対立に熱狂し、それをマスメディアが煽ったという背景があったのに、そんなことはみんな忘れちゃった。いや思い出すのもイヤなので、忘れたことにして責任を軍になすりつけた、ということなんでしょう。

 そういう戦中派の被害者意識に「本当にそうなのか?」と真っ向から反論したのが、1960年代の終わりごろに出てきた小田実さんや津村喬さんという戦後派の言論人たちでした。彼らは「日本人は自分たちを被害者だと言うけれど、実はアジアを苦しめた加害者でもあったんじゃないのか」という新しい視点を突きつけたんです。いまでは「アジアへの戦争責任」は聞き飽きた決まり文句になっちゃってますが、70年ごろにはすごく斬新な視点で、みんなそれに圧倒されたんですね。

 でもね、これも気がつけば、行き過ぎちゃったんです。日本の言論空間っていつも振り幅が大きすぎて、右から左、左から右へとつねに振り切れちゃう。中庸で止まれないんですよねえ。小田さんが当時言おうとしたのは「われわれは加害者であり、被害者でもあるんだ」という加害者=被害者論でした。でもこういう中途半端でグレーな立ち位置というのは、なんだか煮え切らないような印象になってしまうし、気持ち良くない。そう感じる人が、たぶんたくさんいるんだと思います。だからこの中途半端な状態に踏みとどまれずに、どっちかの両極端へとすぐに振れ切ってしまう。

 この小田さんの「加害者=被害者」論もそうで、あっという間に行き過ぎて、「自分たちは加害者だ!」という一色になってしまった。しかもたちの悪いことに、自分が加害者だと認識して「悪いことをした」と反省するのではなく、勝手に被害者(つまり中国や韓国や東南アジア、さらにはイギリスやオランダの日本の捕虜収容所にいた人たち)を代弁して「加害者の日本はけしからん!」と怒るという、ひっくり返ったような変な構図を作ってしまったんです。

なぜ戦後処理はうまくいかなかったのか

 1970年代以降の日本のメディア空間の気持ち悪さとの真髄は、ここにあります。つまり「日本は加害者だ!」と日本人が声高に訴えているのに、でもその日本人たちは誰も謝罪せず、「どこかの悪いやつがアジアを侵略したんだ」と言い張るだけで、自分たちが悪いとは誰ひとり言わない。本来の被害者から見れば、それって謝罪なの?って思うのは当然でしょう。

 これは日本の戦後処理がうまく行かなかった大きな原因になっているとわたしは思っています。「なぜ謝罪しないんだ!」「何度も謝罪しているじゃないか!」という下手くそなコメディのような水掛け論になっちゃってるのは、「本当の加害者」をどこか遠くに配置させておきながら、自分たちはちゃっかり被害者側を代弁するかのようにポジションしている日本人の気持ち悪さにあるってことなんですよ。

 そしてこの振り幅がいまは再びひっくり返り、逆の振り幅の方へと振り切れちゃってる。日本人は加害者だったことを完全否定したがる人たちがたくさん現れてきています。でもね、日本人は間違いなく加害者だったし、同時に被害者でもあった。その両面性をわたしたちが正面から引き受けない限り、この議論(というか水掛け論)はいつまで経っても終わらないと思いますよ。

 これって結局のところ、言ってる側は「自分たちは騙される側であり、弱い側である」という清らかさ、ピュアであることを武器にしているってことなんじゃないでしょうか。そうやって自分がピュアであることを主張し、どこかにいる強い悪を非難していれば、誰かから非難され返すことは絶対にない。最強の立場ですし、とてもずるいと思います。

 自分をそうやてピュアな立場に置くことは、言い換えてみれば、第三者であり、傍観者である立ち位置を身につける技ともいえるでしょう。現実的な立ち位置、現実的な社会の現実の中の当事者であることによって引きうけなければならない苦悩も、ソトに出てしまうことによって取り払われてしまうんですから。汚れた当事者としてではなく、清らかな第三者として、空を飛ぶ鳥のような俯瞰的な視点で、外部から汚れた社会を見下ろすことができるんですから。

ピュアが神となる国、日本

 だからこの国では、幼きかよわき者が、転じて神のようなものとなるということなんです。

 いま私たちがやらなければならないことは、このピュアで穢れのない神の視点を捨てること。神の位置から現世へと舞い戻り、自分の立ち位置をしっかりと定め、その上で自分自身の穢れも引き受けることではないかと思うのです。それによって他者の穢れも許容できるようになり、多様な価値観をわが物にできるようになり、そして私たちは良く老いることができるようになるのではないでしょうか。


 この記事は、2014年3月24日の有料メールマガジン「未来地図レポート」第1特集から抜粋したものです。元記事では日本の戦後処理や、マイノリティ憑依などの問題についてさらにさまざまな切り口から考察しています。メルマガ購読の申込みはこちらから。