blog

週末に読む:「男の料理」を定義した1970年の名著『壇流クッキング』

2014.02.07

 「男の料理」の名著中の名著として知られる『壇流クッキング』が、キンドルストアに入っています。戦後の無頼派作家、檀一雄が1970年に出したベストセラー料理本です。ありとあらゆる食材をあつかい、中国やロシア、スペインなどの各国料理法を駆使して、豪快な料理をつぎつぎと繰り出してくる。読んでるだけで旨そうなにおいが漂ってくるような文章がさすが!

 けっこうシンプルな料理も載っています。たとえば「イカのスペイン風」。丸のままのイカを買ってきて、細長い軟骨と硬い口(トンビ)だけを取り除いて、あとはキモも墨も一緒にぶつ切りに。薄く塩をし、お酒も振っておいて、15分置いておきます。サフランで色づけするとなお良いとか。フライパンに潰したにんにくとタカノツメを投じてオリーブ油を猛烈な強火で熱し、煙があがってきたら、一気にイカを放りこんでバターを加え、かきまぜれば終わり。スペイン人は墨のドロドロを、パンにつけながら食べるんだそうです。

 でもこういうシンプルクッキングはそれほど多くなく、本書の大半を占めるのは、豪快で手の込んだ男性料理。たとえば「トウガンの丸蒸しスープ」とか、読むとびっくりします。冬瓜の中のわたや種をくり抜いて壺のようにし、大鍋で丸ごと茹でる。牛すねでつくったスープに、豚やエビに下味を付けてかたくり粉でまぶして湯通ししたもの、しいたけ、たけのこ、ハムの千切りなどの具材を入れて味をととのえる。そして大きめのどんぶりの中に冬瓜を安置して、中にもまわりにもスープを注ぎ、冬瓜が半透明になるまでどんぶりごと蒸し上げる。蒸し終わったらどんぶりのまま客に出して、スプーンで冬瓜の壁を削り取りながら、スープと一緒に食べるそうです。

 「豚の角煮」は、かたまりのままの豚バラ肉1キログラムとにんにく、玉ねぎを丸のまま鍋に入れて、水をひたひたに注ぎ、酒も加えながら、とろ火で2時間。とろけるように煮えたら鍋のスープから取り出してどんぶりに移し、にんにく、しょうが、醤油の中に漬け込みます。冷蔵庫の中で冷やした挙げ句、少量のラードをフライパンに敷いて、脂身の方を静かに焼くことで焦げ目をつける。これを適宜な大きさにスライスし、どんぶりかボウルに並べてネギ、つけ汁の醤油、水あめ、にんにく、しょうが、隠し味の味噌を足して、丁寧に1時間以上、もしくはまる1日ぐらい蒸して完成! 美味しそうだけど、超面倒ですね。

 多摩川の河原で楽しんだという「鶏の穴焼き」もすごい。川の流れで丸鶏のおなかの中まで洗い清めたり、河原に穴を掘って盛大に直火の焚き火を起こしたりと、いまだと自然破壊で怒られること必至なことをガンガンやっていて、豪快です。

 近くで息子の太郎さん(その後、CMディレクターになってエッセイもたくさん書かれていますね。女優壇ふみさんのお兄さん)が拾ってきたたくさんの朴の葉っぱで鶏をくるみ、鶏をおき火の中にうずめて、1時間。

穴焼きの丸鶏は、皮も肉も、神々しいほどのふっくらとした焼けざまで、全体にアブラがにじみわたり、こころみに、裂いてみたら、芯まで、焼けていた。そこで、ニンニク、酢醤油、カラシ、ゴマ油、タバスコなどをつけながら、食ってみたら......、これは、うまい!

 どれも大技をぐわんぐわんと振るうような、まるで大河ドラマのような巨大な料理です。

 本書はベストセラーになったのですが、こういう大技の料理を読者はみんな本当に自分でやってみたんでしょうか? まあひとつふたつぐらいはやってみた人もいるでしょうが、1970年ごろの買い物事情を考えると、変わった食材が手軽に入る時代でもなく、システムキッチンもほとんど一般家庭に普及していなかったことを考えれば、「こういうの作れたら楽しいだろうなあ」ぐらいの憧れ的消費で本書を買われていたのではないかな、と推測しています。

 加えてそれまで家庭料理というと「主婦のつくるものだ」「女性の仕事」というイメージが強かったのが、壇流クッキングは「いや、そうではない。料理とはきわめて男性的なわざであり、マッチョな遊びである」と提示して見せたのが、当時としてはきわめて斬新だったということなのでしょうね。雑誌『dancyu』に代表されるような「男の料理」文化は、本書を源流にしてスタートし、80年代の美食文化とともに花開いていったのでしょう。

 ここまでの原稿は、私のメルマガ『未来地図レポート』に書いた内容だったのですが、浜松で和食のお店を開いていらっしゃる読者のかたから以下のような感想のメールをいただいています。

 「壇流クッキング」が出版された当時はおっしゃる通り、本の内容に書かれている料理をそのまま試してみるには、食材的にも一般家庭の技術的にも夢物語のようでした。1970年当時は料理本の出版もきわめて少なく、「壇流クッキング」 邱永漢「食は広州にあり」 荻昌弘「男のだいどこ」の三冊を読んでおけば日本の料理エッセイの
概要はつかめるといわれた時代でした。

伊丹十三は「ヨーロッパ退屈日記」が書き、池波正太郎は「食卓の情景」を出版したのもこの時代の前後でしたが、「ヨーロッパ退屈日記」は食の内容ばかりというわけではなく、「食卓の情景」は自分で料理をするという本ではありませんでした。男が自分で作る、もしくは男が料理方法について書くという本はとても少ない時代であったことを鮮明に覚えています。

私も1977年には料理の世界に入っていましたが、料理の専門書というのもまだ少ない時代で、料理人にとっての
料理本といえば辻留の辻嘉一さんの著作が目立つくらいで、料理人が本を書いたり、調味料の分量まで書かれた
職人のための料理本はほぼ無いのが当たり前でした。(調味料はすべて"適宜"もしくは"通常のごとく"で職人ひよっこの私は絶望的でした)

学生時代に1975年頃、確か「ヨーロッパ退屈日記」(だったと思うのですが) スパゲッティアーリオオーリオの作り方を見て「そんなに美味しいものなら作ってみよう」と思っても、市販で買えるスパゲッティは「ママースパゲッティ」(ディチェコなんぞ見たこともありません) EXヴァージンオイルもやっと探し当てたSB食品製で香りなど皆無でできあがったアーリオオーリオを食して「なんでこんなモンが美味しいのだろう??」と不思議でした。

佐々木さんがおっしゃるように食の文化が激変していくのは1980年代に入ってからのことなんですね。今の時代からは隔世の感があります。

 「ヨーロッパ退屈日記」はわたしも大好きで、20代のころは暗記できるぐらいに何度も読み返しました。しかしそこで描かれているスノッブな世界って、とうてい辿り着けないような遠い異世界だったというのが80年代前半の現実だったと思います。まあ知らないから憧れるというのもあったのかもしれません(笑)。食材や調味料が普通に手に入るようになったのは、やはりバブルのころからですよね。そういう意味でバブルって、着実に食の世界を進化させた立役者なんですが、今となってはそのあたりは忘れ去られてる感じもします。