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「これからメディア業界でメシ食ってくってどうなんですか?」 〜就活生から「OB訪問」されてみた(中)

2013.04.14


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(上)からの続き。

情報インフラはどう変わる?

ジンボさん:
 情報の流通のしかたが変わってきていることはどうお考えですか。私は、マスメディアの形がいろいろ変わってきている中で、人と人をつなぐ面もあるとして、まず基盤としての情報インフラがどうなるのかが気になります。

佐々木:
 たとえばどんなイメージ?

ジンボさん:
 コンテンツが情報を広める軸になるんじゃないかなと考えています。たとえば雑誌とか映画とかのコンテンツの企画が生まれて、そこからまず情報が伝わっていくんじゃないかなって。

佐々木:
 今後のメディア空間で、そういう基盤みたいなのは必要な考え方です。僕の私見なんだけど、これからのメディア空間はレイヤー化し、そこにモジュールが生まれていくという構図で捉えている。

 レイヤーっていうのは「層」。コンテンツっていう層があり、配信プラットフォームっていう層があり、それからデバイス(機器)。パソコンなのかテレビなのかスマホなのかタブレットなのか、あるいはカーナビなのか、そういった機器の層がある。

 さらにはアプリっていうレイヤーもある。スマホで見るにしても、ワンセグで見るのか何かのアプリ経由で見るのか。アプリでもテレビ局のアプリなのか、誰か別の人が作ったアプリなのか、いろんなアプリがあるわけですよね。そういったアプリのレイヤーがある。そのようにしてメディアをまずレイヤー別で考えましょうということ。

 第二には、そのレイヤー構造の中で誰が情報発信をするのかを考えたら、かつてはテレビ局の人や新聞社の人、雑誌社の人などマスメディアの人しか情報発信しなかった。でもそれが今や、ものすごい勢いでジグソーパズルのピースみたいになっています。

 もちろん従来通りマスメディアの人は情報発信をしているし、個人が書いてるブログがあり、TwitterやFacebookがあって、さらには内部告発するにも新聞社にたれ込むみたいな方法しかなかったけど、今はウィキリークスみたいな内部告発専用のプラットフォームが出てきたりとか、ユーチューブもあるしね。

 そうするとどんどん情報を発信する元みたいなニュースソースといわれるものがどんどん増えてきている、これはつまり、メディア自体がモジュール化しているということなんですよ。

メディアがモジュールになっていく

 コンテンツ自体がモジュール化し、断片化していく。そしてそれらのモジュールが、今度はレイヤー別にはどう切り離されていくのか。メディアから情報を得る方法は、かつてはテレビ受像機とラジオ受信機と新聞紙しかなかったでしょう。それが今ではスマホやタブレットやPCや、いろんなものが出てきている。そうすると、機器のレイヤーもモジュール化している。つまりそれぞれのレイヤーがモジュール化していっているという、複雑な構成になっているんです。

 どんどん層に切り分けられ、それらが多層化していくのと同時に、それぞれの層も細かく細分化されていく。そういう二重の細分化が起きているということなんだよね。

 それは縦軸と横軸、X軸とY軸というようなイメージでとらえてもいいんだけど、そこまで今のメディア空間って分断されているということ。しかし一方で、われわれはその全体像がどうなっていくのかを、ちゃんと見ていくことが実は大事だよね、ということ。

 気をつけないといけないのは、そうやってコンテンツとか機器は分断化されていっているけれど、実は配信プラットホーム自体は、キンドルストアとかアップストアとか、少数の支配的なネット企業のプラットフォームに集約されていく可能性が高い。つまり基盤だけは、実は細分化されないということ。

 たとえば電子書籍に関して言うと、日本ではたくさんストアが乱立しているでしょう? 楽天のやっているコボとか、紀伊国屋のキノッピーとか、ソニーリーダーとか。でもそういった乱立気味のストアはほとんど潰れるんじゃないかと僕は予想していて、最終的にキンドルが勝利し、国産は1個くらい残るぐらいになるんじゃないかな。

 なぜなら配信プラットフォームは、寡占されやすいから。まわりのみんなが使っているものと同じものを、人は使うようになるという「ネットワーク効果」が働くから、配信プラットフォームは少数が寡占する構造に必ずなる。そうなっていくと、メディア空間は少数のプラットフォームと、その他多数のモジュールというふうに二極化していくんじゃないかと僕は考えています。

ビッグデータってどうなるんですか?

イマニシ君:
 ネットはどんどん変化していって、クラウドが出てきたと思ったら今度はビックデータがでてきて、IT業界では「クラウドがOOで、ビックデータを使って革新していこう」みたいな話をよく企業の方から聞きます。佐々木さんの記事を読ませていただくと、「ビックデータは個人情報が大量にあって、その個人情報をどう扱うかが成功か失敗かの分かれ道だ」と書かれていました。ビックデータは今後どのように活用していけば、IT業界はそこを踏み台にして進化していけるのでしょうか。

佐々木:
 実はクラウドとビックデータは相反する関係ではなくて、ほとんどイコールなんです。

 膨大なデータがどんどん蓄積されていて、単に個人情報だけではなくて、音楽のデータがアップルのサーバーに大量に蓄積され、アマゾンのキンドルに行けば電子書籍のデータが大量に蓄積されていく。これらがすべてビックデータ。

 つまりは大ざっぱに言えば、そうしたビッグデータを蓄積して、利用するための技術がクラウド。クラウドは単にレンタルサーバーやデータセンターではなく、膨大なデータを外部から活用するために作られた技術というように捉えた方がわかりやすいと思います。

 ビッグデータを持っていて活用している企業というのは、先ほどのアマゾンとかアップルとかグーグル。国内では意外と少なくて、NTTドコモと楽天とグリーとモバゲーのDeNAぐらいだと言われています。そして彼らの強みというのは、巨大なクラウドがあって、その中に膨大の数のビックデータを蓄積し、それを活用できるわくぐみを持っているということになると思います。

 先ほどのメディア空間の話につなげれば、そういうクラウド化されたグローバルなプラットフォームの上に、モジュール化されたコンテンツや機器、アプリが多様に展開されるというのが、僕が今考えているメディアの未来像です。

 ひとつ問題になってくるのは、そうやって蓄積されてきたビッグデータをどれだけ有効活用できるかということ。たとえば新聞社は膨大な過去の記事データベースを持ってるけど、単に古い記事1本読むと150円とかの閲覧料をとるだけのサービスしかやってなくて、活用しているとは言い難い。その点、NTTドコモは皆さんが持っているアドレス帳とかスケジュールを使って「iコンシェル」みたいな、自分が次にやることを教えてくれるような意欲的なサービスをやってるんですが、それでもまだ活用しているとは言い難い。

 ビックデータの本質というのは、単にデータを溜めて巨大になりましたということだけではダメで、それにどういう価値を与え、意味づけをして、そこから何を抽出していくかっていう技術がすごい重要になってくるんです。

データサイエンティストに注目が集まってる

 そういうのをやるのが、データサイエンティストと言われる最近注目の職業。最近の事例で言うと、先日のアメリカ大統領選では51州すべてのオバマとロムニーの勝敗を言い当てた、ネイト・シルバーというギリシャ出身のデータサイエンティストがたいへんな評判になりました。彼の出現で、もう政治評論家は要らなくなるとまで言われている。

 政治評論家は「これは民主党が有利だ、有権者は民主党離れだ」とか好き勝手を言うわけですけど、たいてい外れるんですよね。これは日本でもそうだと思います。外れてるのに「これは民意ではない」「愚かな有権者が騙されている」とか負け惜しみを言ったりする。

 でもネイト・シルバーはいっさい政治評論活動など行わず、ひとりだけすべて言い当てたんだよね。どのようにしたかといえば、要するに各州に積み上げられた膨大なビックデータを駆使し、ここは企業秘密らしくどういった計算方法なのか公開していないんだけど、あれこれ計算した結果、勝利を得たということなんです。これこそがビックデータの未来像。

 日本ではプラットフォームがアメリカ企業に奪われていることが多く、たとえばFacebookとかアップルとかグーグルだけど、そのためビックデータを扱っている企業が少ない。この前も業界の人と話していてなるほどと思ったんだけど、日本でビックデータが蓄積されていてそれを活用できている企業は、先ほども言ったように楽天とNTTドコモとグリーとモバゲーしかないんだそうです。

 これは問題で、ビックデータがないところにはビックデータ技術が育たない。日本国内でデータサイエンティストを目指す理系の若い人たちが日本企業に就職するかといえば、たぶんそう考えない。なぜなら就職してもビックデータがないところでは勉強できないからね。だからみんなグーグルとかアマゾンのようなアメリカ企業にいってしまうという問題が起きる。

 グーグルなんかだと日本にも研究開発部門をもっているからそこに就職すればいいじゃないかということで、優秀なやつはみんな外資系のネット企業に行ってしまうことが最近起きています。その結果、日本の企業にはデータ分析の技術者がますます育たず、そういう研究も育成されず、という悪循環になっていく。この分野でもアメリカ企業に呑み込まれていくのかもしれない。

ニシゾノ君:
 たとえば最近のヤフーは「爆速」ってスピード感あるし、そういうことやるのでは?

佐々木:
 その可能性はありますね。現状ヤフーは単純にポータルのサービスを提供しているだけで、ユーザーからのフィードバックとかを蓄積して再活用するところまで進んでいない。でも経営陣が変わったので、今後はそっちに進んでくる可能性はあるでしょう。なんてったって資金力はすごいし、圧倒的に多くの人に使われてるから。

ニシゾノ君:
 グリーと提携していくということはないでしょうか?

佐々木:
 それもあるかもしれないね。そういうのは何が起きてもおかしくない世界だから。

イマニシ君:
 今後データサイエンティストのような人たちが日本で育ってきた場合、客観的なデータを見せることができるので、コンサルティングの仕事はいらなくなってくるのではないでしょうか?

佐々木:
 もしくはコンサルティングが、そういう部分を採用していけるかということだと思うよ。たとえば広告代理店とかコンサルがよく行うプレゼンとかで、得体のしれないポンチ絵を描いて「こうなります」とか。おいおい、そんな単純化するなよよ、そんなふうにならないだろ!」(笑)みたいなのはたぶん無くなっていって、きちんとそういった統計的なアルゴリズムに基づく予測をできないところは、生き残っていけない方向に変わらざるを得ないんじゃないかな。

体力勝負じゃなくて、データ分析こそが力

イマニシ君:
 体力勝負というよりは、客観的なデータを基に勝負していくということですか?

佐々木:
 そう! もちろんそういうアルゴリズムはいずれツール化されていくと思うので、アメリカで技術が進みパッケージングのアプリケーションになって、それが販売され日本のコンサルが利用して優れた戦略的分析をして、それの評価が高まりパッケージングを使う人が増えてというふうになる可能性はあるんじゃないかな。

 どっちにしろ、もうプレゼンのハッタリだけで飯食える時代もうとっくに終わってると思うね。広告から雑誌、テレビ、新聞まで、メディアの業界はハッタリの人たちがやたらと多かったんだけど、そういう時代も終わりつつある。

 ジャーナリズムも、こういうデータの分析手法が大きな分野になっていく。データジャーナリズムって言葉もあります。

 何を取材しどう伝えるのかというのは、先ほども言ったようにモジュール化していく。その中で、取材源もモジュール化して多様化していくということなんです。古いタイプのジャーナリストは「現場に行って人から話を聞くのがジャーナリズムだ!」とか言ってるんだけど、そんなことだけじゃなくなってきたということ。

 データジャーナリズムっていうのは、たとえば今政府とか企業とかが無料で膨大なデータを公表しているけれど、そのままの形だとエクセルとかXMLになっていて、普通の人が見ても数字の羅列でまったく理解できない。

 それをグラフのようなビジュアルイメージに落とし込んでいき、解説を加えていくのがデータジャーナリズムです。たとえばウェブで、グラフをわかりやすく並べて世界の携帯利用率はこうなってるといった「インフォグラフィック」という手法があるでしょう? あのような見やすいビジュアルに変えて見せる仕事がいま求められている。英米なんかでは政府や自治体がかなり統計データを発表していて、そういうデータジャーナリズム的な仕事は発達してきているようです。

 日本ではなかなかそこまで追いつかなくて、一応経産省なんかが一生懸命やっているんだけど、他の省庁だと発表したデータがまだpdfだったりして、印刷の紙と同じだから使い回しができないといういまだ残念な状況なんです。

データ構造化が軽視されてる日本

 過去の有名な話としては、震災の後に東電が節電のために消費電力状況を発表したんだけど、最初紙で配布していた。ヤフーやグーグルのようなネット企業が「データを活用してウェブで見せたいので、電子データで出して欲しい」と要望したら、今度はpdfで出してきた。

 pdfだと結局すべて手作業で再入力しないといけないので、「頼むからエクセルで出してください」って要望をもう一度出したら、今度はエクセルデータで出てきたんだけど、なぜかセルの位置が毎日変わっている......要するに清書に使うような感じでエクセルを使ってるから、セルをそろえるという意識が無かったんだよね(笑)。

 そういうデータを出す意味は人間が読むためではなく、機械で読み取れるようにするためのものなのに、それが理解されていなかった。日本の場合、エクセルはきれいに文字や絵を揃えるために使われているっていう、異常な常識になっているという企業文化(笑)。

ニシゾノ君:
 データジャーナリストになるためには、アメリカやイギリスに学びに行った方がいいんですか?

佐々木:
 現状ではデータそのものがあまり日本にないのでそうなっちゃうよね。そうやって優秀な人がどんどん海外に出てしまうから、日本はさらに空洞化するということが起きるんです。

キクカワ君:
 ぼくは新聞社でバイトしています。ある情報があってそれを加工して論評を付け加えて発信するという過程は、若い記者が書いた記事をデスクが読み、さらに校閲をして記事になるということなんだと思いますが、バイトして間近で見ていると、若い記者の方が「こういうことを書きたい」といっても、デスクに「うちの会社はこういう方針だから」と制限されるということを聞くのですが。

佐々木:
 それはものすごくあるよね。でもそうは言っても、それも現状は崩壊しつつある。昔は社論っていうのがあって社論に反したことを書いてはいけなかった。僕の毎日新聞時代の話でいえば、「記者の目」っていうコラム欄では自分の意見書いてもいいという建前だったんだけど、やっぱり社論に反したことを書くと怒られるという微妙な世界だったわけですよ。

 でも最近はそうでもなくなってきている。典型は原発事故で、朝日新聞の紙面を見ると、社会面や経済面、総合面など記事によって意見が違うということが起きてしまっていた。原発の放射線に対する危機感が記者ごと、取材チームごとでまったく違っていて、社論を統一しきれなくなっているという印象だった。

 昔は大企業や政府を攻撃してればよく、庶民がイチバンみたいな牧歌的な勧善懲悪論で書いていれば済んだんだけれども、今はそんなに単純ではなく物事は複雑になってきているということもあると思う。たとえばTPPに賛成なのか反対なのかについては、相当緻密な議論をしなくてはいけないわけで、「庶民の目線」というようなよく分からない視点で軽々しく判断できなくなってしまっている。そうすると、そもそも社論を統一するのは無理なんじゃないかってことになるのは当然だと思います。

 少し前から朝日新聞が記者のTwitterを公認し、会社として支援していくような方向になった。その代わり、自分の責任で書いている言論で、これは社論ではありませんというようなことを記者はプロフィールに入れるようになったんだよね。このTwitter公認のときに僕は朝日にコメントを求められて、簡単に言えばこういうことを言った。「もういいじゃんそれで。それで記者ごとに意見が違うっていうのはわかってくるし、Twitter上で同じ会社の記者同士議論することが起きるかもしれないけどそれはそれでいいじゃないか」って。

 今までは社内でいくら議論があっても、ブラックボックスになっていて過程の議論はいっさい表に出さないっていうのが、マスメディアのやり方だった。でもインターネットの世界は、たとえば僕がブログを書いたらそれに対して反論してそれにまた反論するみたいな、途中経過がすべて見える世界。

 その透明な世界に慣れている人からすれば、ブラックボックス化されているのをみると違和感を感じる。そこに新聞社やテレビへの不信の一端があるわけで、だったら新聞社も同じように透明にした方がいいんじゃないか、ということなんです。

 たぶん言論はそういった方向に進むでしょう。もちろんたとえば東京地検の不正を暴くような、ディープな取材の時は途中経過出さないのは当然なんだけど、ほとんどの取材は途中経過だしても問題ないのが多いのでいいんじゃないかってことになってくるだろうね。

やっぱり基本は自由な議論

オガワ君:
 たとえば2ちゃんねるでは、自分の言いたいことなど自由な雰囲気で議論をしているじゃないですか。そういった力が新聞社に入っていくということが大切なのではということでしょうか?

佐々木:
 そうそう! 匿名かどうかは別として、自由な議論を引き起こして、自由な議論が行われているんだということをちゃんと保証できるような透明性が大事ってことだよね。メディアはそういうことを隠すから、「圧力を受けてるんじゃ」とかいろんな疑惑を招いてしまう。

 僕も新聞社時代に、そういう疑惑を外部の人から持たれたことがしょっちゅうあった。たとえば市民運動からこういうことを書いてくれと言われ、でもそういうのってほとんど記事にならないような話なんだよね。だから記事にしないでおくと、「毎日新聞は圧力に潰れた」みたいなことを言い出す。それは圧力に潰れたんじゃなくて、ニュースに価値がないからっていうだけなんだけどね(笑)。

 そういう話はすごく多かった。13年近く新聞記者やってたけど、圧力で記事を潰されたことは一回もなかったです。書いた後にめちゃめちゃ怒られたっていうのが二度ほどありましたけどね(笑)。

 ひとつは北朝鮮。日本人拉致被害者が帰ってきた後で、急にみんな公然と北朝鮮の悪口を言うようになったんだけど、あれ以前は北朝鮮批判はけっこうタブーだった。なぜかって言うと朝鮮総連という北朝鮮の大使館にあたるような組織が、何か北朝鮮の悪口を書くとすぐに抗議に来ると言われていて、だから「触らぬ神にたたり無し」だったわけ。

 ところが1990年代に入って、北朝鮮で餓死者が出ているというような窮乏状況が情報として徐々に入ってきた。そこで日本の大学の先生を中心として「北朝鮮の生命と人権を守る会」という団体が設立され、千代田区内の公民館みたいなところで設立集会を開いたんです。

 ところが集会が始まってみたら、会場ではみんな気づいていなかったんだけど、朝鮮総連の人が大量に来ていて、突然全員で怒鳴り声を上げ始めて、その集会を叩き潰したんです。僕はその場にいて震え上がり、これは言論弾圧だと思って、東京ローカル面で記事にした。そうしたら翌日、社会部長に呼ばれて「総連とケンカして勝てると思っているのか」って怒鳴られたということがありました(笑)。

 まあ僕自身の経験はそれぐらいで、圧力なんてそんなにない。2ちゃんねるとかには、新聞社は権力に弱いとかいろいろなことを言われているけど、ほとんどそうではない。それはなんで言われてしまうかというと、やはりブラックボックス化されているからだよね。だからそこを開放するというかこじ開けていく努力は必要ではないかと思います。

各新聞社の特色は?

サカモト君:
 権力に弱いと言われているのは、毎日新聞だけではなく新聞社全体ですか? 今「政治とメディア」っていう授業を受けていて、読売新聞と自由民主党の関係について学んでいます。その中でジャイアンツの球団代表だった清武英利さんが辞めた経緯を書いた本『メディアの破壊者読売新聞』の中に、読売新聞では渡辺恒雄会長の権力が強すぎて、やりたいこともできなかったと書かれてます。

佐々木:
 読売はあまりにもワンマンなので、ちょっと特殊な世界かもしれないね。朝日とか毎日、産経、東京あたりはそこまで独裁的な雰囲気ではないと思いますよ。朝日は官僚的で、読売は独裁的でとかはよく言われているけどね。

キクカワ君:
 毎日新聞の特色はなんですか?

佐々木:
 毎日はガバナンスがないというか、ほとんど好き放題勝手にやっている(笑)。でも仕事がしやすいとよく言われていたし、僕もそう思っています。ただ毎日は経営が相当にヤバイみたいなので、大丈夫なのかと思うけど。

 今の新聞社ってどこも赤字体質から脱却できる見通しがあまりないけど、ただ資産だけは膨大に持っている。だいたい本社は一等地にあるし、支局とか支社も各県庁所在地の県庁か市役所のそばの一等地にある。そういう膨大な土地と、過去に儲けていた時代が長かったのでその資産があるから、それを食いつぶさないうちはまだ生きながらえるだろうと思います。ただ毎日に関しては、1970年代の終わりの経営危機の時にだいぶ資産を食いつぶしちゃってるんで、けっこうたいへんかもしれない。

ニシゾノ君:
 今新聞社に入るのはけっこうきついですか?

佐々木:
 微妙なところですね。将来的に見通しは立たないんだけど、しかしジャーナリズムの仕事は大事だし、おもしろいのは事実。その先になにか自分でやるなり何か別の媒体にいくなりを見据えて、そのために修行・トレーニングのために新聞社に行くというのはあると思うよ。

 メディアに限らず、大学生から「大企業ってもう行かないほうがいいですか」とよく聞かれるんだけど、大企業って研修制度がすごく充実しているし、給料もそこそこいいし、最初の何年かを過ごす場所としてすごくいいんだよね。ただそこに一生いようと思わない方がいい。まあそう思ってる人も今はいないと思いますが。

 長い目で見れば、日本の大企業は衰退していく。だけど衰退の速度ってそんなに速くはないから、当分のあいだ皆さんが一生懸命仕事を覚え、その業界について詳しくなり、あるいはそこで専門性を磨いていくっていう間は大丈夫だと思う。塩漬けになって社畜になっちゃダメだけどね。

 日本のメディア空間に関して言うと、多分この先になにかが現れてくる。たとえばアリアナ・ハフィントンって人が始めたハフィントンポストという、アメリカで急成長しているニュースメディアがある。ブログやTwitterのようなソーシャルメディアとニュース媒体が合体したような非常に先進的なメディアなんだけど、こういうものが日本に現れてくる可能性は充分にあるでしょう。

 それは日本企業が担うのかもしれないし、あるいは資金力が豊富な外資メディアがやってくる可能性もある。最近はちょっと落ち目になって事業再編してるけど、ルパート・マードックのニューズ・コープみたいなところが日本市場を狙って参入してくるようなことはあり得るでしょうね。もしそうした外資に日本の新聞や出版が買収されれば、一気に仕事は面白くなると思う。旧来の疲弊した組織が全部解体され、よりネット企業的なスピードで物事が動いていく。日産がルノーに買収されるようなものだよね。そうなったらおもしろくなるんじゃないかな。年配の人はイヤだと思うけど。

ニシゾノ君:
 たとえばハフィントンポストって、マネタイズの仕方が特殊じゃないですか。それが日本でというのは可能なのかなと思うんですが。

佐々木:
 それはやってみないとわからないよね。ただ、広告だけでマネタイズするのは日本では厳しいのは事実。広告って人口との相関関係みたいなところがあって、日本の場合は1億2000万人の日本語市場で勝負しなければならない。ところが英語圏は英米豪でだいたい5億人、さらには母国語ではないけど英語をしゃべる人が世界中にたくさんいて、英語圏全体では10〜15億人と言われている。そうすると日本の人口の10倍くらい英語圏の規模があり、広告効果も10倍くらいになる。だから広告だけでも十分ビジネスになる。日本では1億2000万っていう中途半端規模は、従来のように広告効果が曖昧な中でクライアントがお金を払ってくれていた時代には広告が成り立っていたけど、効果測定が厳密になってくると、その曖昧部分が削られていって、全体としては収益が減らざるをえないと思う。

 これもたとえばね、1000万人ぐらいの人口の言語だと、その市場だけじゃビジネス成り立たないから、しかたなくみんな英語を喋り、読むようになるんですよ。出版業界なんかもそう。母国語の市場が2000万人とかだと成り立たないから、しょうがないのでみんな英語で本を出して英語で読む。韓国語のように5000万だとかろうじて出版業界のビジネスが成り立つんだけど、市場規模は大きくない。日本は1億2000万いるからそこそこ成り立つんだけど、この「そこそこ」が逆に足かせになっていて、「いっそのこともっと日本人が少なくてみんな英語で本書いて英語で読んでいたらもっと簡単にグローバリゼーションに対応できたのにね」っていう人もいるぐらい(笑)。

(下)に続く。

※これは昨年12月10日のメルマガ「未来地図レポート」223号に掲載した記事の要約です。メルマガのお申し込みはこちらからどうぞ。