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「これからメディア業界でメシ食ってくってどうなんですか?」 〜就活生から「OB訪問」されてみた(下)

2013.04.14

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(中)からの続き。

少子化の時代にメディアは大丈夫?

イマニシ君:
 今後日本の合計特殊出生率がもっと下がっていき、高齢化社会になると、さらにマーケットが縮小しますよね。そうなった場合に広告だとか出版業界はどういった対策をとればいいのでしょうか?

佐々木:
 そもそも根源的に、広告や出版業界に影響が出るほど人口が減ってしまうような時点にまでいまの広告や出版が維持されるのかということを考えた方がいいと思うよ。そこまで持たないんじゃないかな。

 社会構造そのものが、今後はグローバルプラットフォーム化されていくのは避けられない。日本語や日本語の文化がなくなるわけじゃなく、日本語の本がキンドルストアで流通しているみたいな構造になるんですよ。

 たとえば仕事を探すのにいまはリクナビを使ったり、職安に通ったりしてる。でも将来は、クラウドソーシングとかのプラットフォームがグローバルに普及して、インターネット上で仕事を見つける方が使いやすいじゃないかということになるかもしれません。日本国内の仕事がなくなるわけじゃないけど、その仕事を探すための仕組みがグローバルプラットフォーム化するということが起きてくるんです。

 すべてが、そういった巨大なプラットフォームに飲み込まれていく。日本企業でプラットフォームになれる企業は残念ながら少ないのが現状です。IT分野だと任天堂とか、ソーシャルゲームの企業とか。トヨタや日産といった自動車業界はまだ圧倒的に強いですよね。ただこれも将来的にはわからない。電機では明暗がわかれていて、家電のソニーやパナソニックやシャープはこぼれ落ち始めてるけど、日立や東芝はプラットフォーム戦略をうまく進めている。出版とか新聞・テレビのメディア業界なんかは今のところは外資が入ってこないから生存できてるだけで、もし上陸して来たら勝てない可能性が極めて高い。

 それでももちろん、日本人の仕事は残ります。でも僕は、これからの仕事は三つに分かれていくと考えている。

 まずプラットフォームを作る側のグローバルエリート。でもこの部分は仕事の量は少なくて、少数の人しか入れない。

 一番悲惨なのが、グローバルプラットフォームができることによってはじき出される単純労働者。ホワイトカラーもブルーカラーも、サポートセンターや工場の人員なんかは新興国でやった方が安いので、インド・中国にとられるよね。その先には東南アジアとか、さらにもっと先にはアフリカだって可能性がある。いずれは世界中の給料がほぼフラットになるまで安くなっていくでしょう。

 さらに最近で言うと、ロボットの可能性も出てきている。アップルの製品を作っているフォクスコンという会社は、中国で60〜70万人ぐらい雇ってる。でもしょっちゅうデモが起きて、そのたびにiPadの出荷が止まるようなことも起きている。自殺者が多いという指摘とか、低賃金で搾取してるという批判もある。だったらロボットを使えばいいんじゃないの?ということで、フォクスコンが100万台のロボットを導入する計画を立てているという報道がありました。

 ここまで行くと、ほとんど「ロボットに支配される人間」みたいな手塚治虫のマンガの世界。でもこれが現実になりつつあるんですよ。もしこれが実現してきたら、インドと中国と同じどころか、ロボットと同じ給料になるまで下がらざるを得ないということになっちゃう。そうなるとロボットと同じ給料でやる人間はいなくなるだろうから、全員が飲食とかのサービス業に集中していき、ますますそこの給料が安くなるっていう構造になっていくんじゃないかな。

 だからみなさんはそこに入らないように、必死に努力しないといけない。かと言ってプラットフォームを作れる側に回れるのはごく一握り。

プラットフォームに飲み込まれる中で

 だったらどうするか。さっき僕は「三分化する」と言いました。つまり、もうひとつの道があるんです。

 きわめて専門性の高い仕事。ロボットに任せられない仕事。ローカルであるがゆえに、グローバル化してもなくならない仕事。

 でもここの見極めはとても難しいんです。たとえばウェブの制作を考えてみましょう。

 ウェブ制作も、ほとんどはフラット化されてしまう可能性があります。クラウドソーシングで発注したい人と受注したい人をマッチングさせることができるようになっていくと、アメリカのような英語圏の言葉の壁がないところでは世界中に仕事を発注できるようになる。

 それまでアメリカ国内の会社に発注してたから、1件10万円とか20万円の高い金額だったウェブのデザインが、たとえばルワンダのウェブ開発者がやると「3000円でいいです」みたいな可能性だって出てくるわけです。すると一気に価格破壊が進む。発注するアメリカのクライアント側は安く頼めて良かったね、ということになるけど、アメリカのウェブ制作業界は非常に困ってしまう。単にウェブを制作するだけだと、そうやって金額はフラット化しちゃう。

 一方でそうならないために、より技術の高いウェブや優れたデザインのウェブが作れるようになるという方法もある。つまりは専門性を磨くわけです。でもそこはたとえばFlashが廃れてしまったのを見ても分かるように、技術の陳腐化が激しい世界でもあるんだよね。そこをどう自分でブランディングするのかが、個人ひとりひとり企業ひとつひとつに求められるようになってくる。

 僕なんかの仕事も同じです。単に「iPadの新製品が出ました!こんなスペックでこりゃすげえ」みたいな記事だったら、書ける人はたくさんいる。日本語が得意な中国人が日本市場向けにニュース記事を書くことだって充分可能になるでしょう。さらにはロボットジャーナリズムみたいな話もある。スポーツの結果とかそういう単純な記事は、コンピュータに書かせることが可能になってきてるんですね。

 だから「iPadすげー」みたいな記事を書く仕事はフラット化しちゃうんです。だからそこに、いかにプラスアルファの専門性、付加価値、独自性、視座を加えていくのかが、この時代におけるジャーナリストの非常に重要な課題になってきているということなんですよ。

 これから、こういうことがありとあらゆるところで起きていきます。その中でいかにして、流動的にきちんと企業なり個人なりが機動力を高め、フラット化しない仕事を作って行くかどうか。そういう非常に難易度の高いことが求められてるんです。これはでもかなり難しいことですよね。

でも今は単なる移行期にすぎない

 たぶん何十年かすると、また安定期がやってくるんだよ。きっとね。

 たとえば日本で太平洋戦争が終わったのが1945年で、安定的な総中流社会って言われる枠組みがほぼ出来上がったのは、1970年代。ほぼ30年ぐらいかかってるんですよ。1940年代後半から50年代、60年代は混乱期だった。みんな農村にいられなくて、大挙して就職するために東京に出てきて、住むところがなくて四畳半一間に5人も6人も住むというような生活をしていた。

 1960年代おわりの大学闘争もこの混乱のひとつに位置づけられるんです。この時代に大学に入ったのは、いま60代の団塊の世代の人たちなんだけど、それ以前の大学生は超エリートだった。「末は博士か大臣か」と言われてね。そして団塊の世代の人たちも、大学に入ればああいう風になれるんだろうと、みんな大学に入ってきた。ところが団塊はものすごく人数が多くて、大学もこれに合わせてエリート幹部学校から、サラリーマン養成所へと変身の真っ最中だったんです。つまり大学を卒業しても博士や大臣どころか、普通のサラリーマンにしかなれない。2010年代のいまだと、普通のサラリーマンになれるだけで幸せじゃないか!と怒られるかもしれない。でも当時はこの大学の大衆化というのは、けっこうショッキングな変化だったみたいなんですね。

 日大なんかその典型で、いまも水道橋にある本部キャンパスなんか学生が多すぎて、「学生食堂に四年間一度も入れませんでした」という証言があったり。授業はすべてマンモス教室で、教授とのマンツーマンの対話なんてほとんどない。学生にしたら、自分が個人としてなんの存在感もなく、卒業したら単なる中小企業のサラリーマンみたいなことを言われ、爆発したのが学生運動だったっていうことを、慶應大学の小熊先生なんかは指摘してます。もっともこれに対しては、学生運動やってた団塊の元闘士たちから「ふざけるな!」と反発されてるんですけどね。

 60年代ぐらいまではこれだけ混乱してたのが、今のように一人一人きめ細かに教育を与え、ゆとりだとか言えるようになったというのは、結局頑張って安定させようという日本人の努力と、工業化による富の蓄積があったからなんです。それが戦後社会の基盤になった。

 しかしせっかくできた戦後社会は、2000年代に入るころから崩壊し始めて、2012年の現状ほぼ崩壊が見えている。この先、移行期的混乱がしばらく続いていくでしょう。これが5年か10年か、あるいはプレ戦後社会みたいに30年続くのか、さらには何百年も混乱するのかはまだわからない。けれどその先には、何かの安定社会はやってくるだろうと思っています。

 だから君たちがたいへんなのは、この安定していない混乱期に20代を送るっていう非情な試練に立たされているっていうこと。頑張って、生き延びていってくださいってことです。国に頼っても何もしてくれないから、個人個人で自助努力をするしかないでしょうってことです。

本屋さんは大丈夫なんですか?

ジンボさん:
 私は実家が書店なんですけれど、これからは弱い立場に立たされるしかないんでしょうか。

佐々木:
 大きな本屋さん?それとも街の小さな本屋さんかな。

ジンボさん:
 文教堂とかではないです(笑)。

佐々木:
 それはなかなか難しい質問だね。TSUTAYAとかヴィレッジバンガードのような郊外の大規模書店、あるいは都心にあるジュンク堂のような書店でなければ、郊外の駅前本屋さんって現状なかなかお客さんがいない。そこをどうにかしろっていうのは、誰もが言っているんだけど、どうにも治療法は見つかりません。

 本屋さんが生きる道のひとつには、TSUTAYAやヴィレバンのように単なる書店としてではなく、ある種文化を売る総合センターになるという方法はあると思います。音楽CDやDVDや雑貨までありとあらゆる物を売って、その中の文化、ジャンルの一部として本を売る方法。たとえばPerfumeの新曲発売キャンペーンに合わせて、同種の文化を担ってるいまの音楽CDやDVD、本をまとめて並べ、さらには1980年代のテクノポップまで射程に入れてさまざまなグッズを売るというようなことをやる。文化全体の中で、ひとつの領域として本を捉えるというようなやり方はケーススタディとしてあるでしょう。

 やりようによっては、いくらでもやりようがあるんじゃないかとも思います。きめ細かいサービスとかね。最近アメリカで出てきているのが、電子書籍を小規模書店のサイトで売るとか。グーグルが取次になっているので、電子書店をそこから卸してもらうんです。たとえば絵本に強い本屋さんがあれば、そこでお父さんが「うちの小学校の娘に本買いたいんですけど、なにがいいですか」と、相談して本を買うみたいなことがある。それをネット上でやってしまいましょうみたいなやり方です。家族経営とかの規模が小さい書店だったら、こういうサービスのきめ細かさで何とか対応できるんじゃないかとも思います。

 でも今の本屋って、取次からダンボールで山のように本を送ってくるので、ゴミ本とベストセラーと一部の良い本を一緒に単に並べているだけ。そんなんじゃ売れるわけないでしょってことだよね。

 実は、これはどの分野でも言えること。ヤマダ電機とかに押されて街の電器屋さんがなくなってきているという話も、街の電器屋さんがちゃんとニーズを考えて戦略を立てていないだけのように思える。たとえばぼくの実家は、兵庫県の田舎で何もないところなんだけど、僕の70歳になる母親いわく「街の電器屋さんでしか買わない」っていうんだよね。「なんで?」と聞くと、ヤマダとかで買うと使い方が分からなくても教えてくれない。でも近所の電器屋さんで買うと、録画できなくて困っただけでも、電話すれば車で来て「ここを押せばいい」と教えてくれるんだよね(笑)。そういったきめ細かさが大切ということです。

 これからの時代、消費がつながり的な消費に変わってくる。これは『キュレーションの時代』という本にも書いたんだけど、そういうのもちゃんと押さえられるホスピタリティが実現できるビジネスなら、十分やっていけると思いますね。

キュレーションは職業になる?

ニシゾノ君:
『キュレーションの時代』にキュレーションジャーナリズムということが書いてあったのですが、これってこれからは仕事になるんでしょうか。

佐々木:
 膨大な量の情報があるので、それを取捨選択するというのはジャーナリズムの一手段としてはあり得るよね。ただビジネスになるかどうかはよくわからない。

「ビジネスとして成り立つか」というのと「社会に価値を与えるか」というのは、必ずしもイコールにはならないんです。でもビジネスにはしなければ、発信する側も食べてはいけない。だからそこのバランスをどうとるかっていうのは、ありとあらゆる面で難しいんだよね。さっきの街の電器屋さんの例で言うと、70のおばあさんから電話かかってきて「リモコンどこ押せばいいの?」と頼まれて行くのは大事だけど、そればっかりやってたら本業がおろそかになって売上が落ちちゃう可能性もあるわけで、そこをどれだけバランスよく行うか、またどの部分で儲けるかってことを、ちゃんと考えないといけないんです

 僕みたいなフリーでジャーナリズムの仕事をしている人間も、昔はビジネスのことはあまり考えなくてよかった。雑誌に原稿を書き、たまに本を出しますというのがジャーナリストの一般的な仕事だと思うのですが、すると講談社や小学館のような雑誌や書籍の編集者の人とたまに飲みに行くなど仲良くして、「次にこんな本出したいんだけど」「じゃあ頑張ってください」と相談する。そういうコミュニケーションだけで、仕事が成り立っていたんです。

 でも今は雑誌が衰退して、雑誌ではご飯が食べられない。書籍だけで生活するのもかなり難しい。だから自分で戦略を立て、ポートフォリオを組んで、本はブランディングのために年に一冊に力を入れて書こうとか、その代わりそこを埋めるためにメルマガやろうとか講演やろうとか、そういう計画を立てるようになったんです。講演も、ただ待っててもこないからグーグルのリスティング広告やってみるか、というふうにいろいろやるわけですよ。

 もちろん取材やリサーチして原稿書いてっていうのが本業なんだけど、残りの半分くらいはいかにしてビジネスを展開していくかっていうのに頭を使っているっていうのが現状です。それくらいのスキルがないと、もうこの仕事はやっていけない時代に変わりつつある。

 逆に、ビジネス自体は小さくなっているということも言えます。昔だったらジャーナリストは少し売れてきたら事務所かまえて、アシスタントとかを雇う人が多かったのでしょうが、僕なんかいまだに一人だもの。その代わり、周囲に仕事のパートナーがいます。知り合いのウェブ制作会社に頼んでウェブ作ってもらったりだとか、知り合いのフリーの編集者と組んでメルマガやってもらったりだとか、それぞれの場面でそれぞれの人と付き合うみたいなやりかたですね。そのおかげでアシスタントも秘書も何も雇わずに、常に一人で自分の車で移動してっていう形で仕事ができています。

 スモール化やチームを小さくするのは今の流れで、この10年ずっとベンチャーを見ているんだけど、1990年代ごろはほとんど巨大化路線。典型で言えばホリエモンで、最近でいえばグリーなんかもそうだよね。ところがここ3、4年、巨大化を志向しないベンチャーが増えていて、スタッフを雇わず個人でやっている人も増えている。独立して何かのビジネスをやっているけど社員がいない、オフィスもない。下手したら会社にもしていなくて個人事業主。それでもいいよってことで、最近ベンチャー像が変わってきているんですね。

 これはどうも日本だけでなくアメリカもそうらしく、先々週のニューヨークタイムズの記事で「人を雇わないスタートアップベンチャーが増えている」っていう記事がありました。

 要するに人を雇わなくても、さっき言ったクラウドソーシングやいろんな外部の仕組みを使うことで、何でも外部化できてしまうということなんです。昔なら仕事をとってくるために営業マンを雇っていたのが、そんなの別にグーグルのアドワーズでいいじゃん、ということになったりする。外部のサービスを使うことで、自前でやらなくていいっていうことが多くなってるんです。

すごい勢いで仕事がアウトソースになって行ってる

 最近は人事や経理などの管理部門を全部やってくれる外部サービスなんかも出てきています。とにかく外部サービスを使い、その代わり小さくコンパクトにする。その方がマネジメントに悩まず済むし、気楽でいいよねということです。人を雇うってけっこう大変なんだよね、仕事しないと文句いわないといけないし、給料を増やさないととかある。けれどそういうのがないから、世の名そういうスモール化に進むと思うよ。

ニシゾノ君:
 雑務とか経理とかもシステム化してってことですか?

佐々木:
 そう、経理は全て知り合いの税理士さんに領収書をばっと渡すだけ。ひとりなので、それで充分。

ニシゾノ君:
 この前テッククランチ東京のイベントいってきたんですが、経理はすべてシステム化して算出し、経理はもういりませんみたいなプレゼンがありました。そういうふうになっていくのかなって感じました。

佐々木:
 おそらくそうなるでしょう。みんな個人で仕事するようになって、フリーランスになっていく人が増えれば増えるほどそうなっていく。

ニシゾノ君:
 その中で自分自身がコモディティ化しないように、機械やシステムでできないようなことが大切だということですよね?

佐々木:
 そうそう、最後に残る生身の人間でしかできない優位性をいかに残すかということだよね。なんでも自動化して楽にして、ITを使いこなそうという話をすると、必ず「最終的に自分もロボットになればいいじゃないか」と批判してくる奴がいるんだけど、全然わかってない。そこがロボットにならないから、僕の仕事の意味があるんですよ。ロボットにできない部分こそに価値があるんです。

キクカワ君:
 佐々木さんみたいにフリーランスで働くのは憧れるんですけど、もともと毎日新聞社で働いていたときと、フリーランスの今とで比べて、良いことと悪いことはありましたか。

佐々木:
 新聞社に勤めてていいのは、そりゃやっぱり安心感があるからだよね。伝統的な大企業なので家族的な雰囲気があって、辞めた時は家族から切り離されて寂しさがあったのは事実。日本の伝統的企業ってほとんどそうだと思うよ。

 あとはトレーニングシステムがきっちりしているということですよね。メディア、特にジャーナリズムの世界って特に取材手法ってすごくトレーニングが必要でいきなり人に会いにいくとか、何かを調べたい時にどこにいけばそれを知れるのかといったスキルを、体系的に学べたということが大きかったんじゃないかな。

 フリーランスでゼロから始めると、何をどうしたらいいかなんてわからない。表玄関取材なんかは、広報に電話してインタビューしたいと言えば誰にでもできるけれど、裏情報なんかはどこをつつけば何が出てくるかを知るというのはなかなかね。警察の夜回りなんかはフリーランスではやりにくいから、そういった経験ができたのは良かったかなと思います。

 フリーランスになって何がよかったのか。最高なのは、自分で自分の道を切り開ける気持ちよさかな。余計なこと考えないでいいしね。

 ただ今の20代に僕の経験を話しても何の参考にならないなと思うのは、僕がフリーになった2003年ごろはまだ雑誌が非常に元気だったので、とりあえず雑誌で飯が食えたということなんですよ。

 雑誌が崩壊し始めたのはその後だから、僕はすべりこみで軟着陸ができたってことになる。たぶん今は、いきなりフリーになったとして雑誌の仕事が少なく、仕事があっても報酬が安い。なので食べていけないという状況になる可能性が高いんじゃないかな。これは今のところ答のない難しい問題です。

調査報道は社会に必要では?

ニシゾノ君:
 たとえば今後、新聞社が衰退していく中で調査報道が難しくなって行くんじゃないかと考えています。たとえば「消えた年金」問題とかも明るみに出すために調査取材を7年間も続けていたという話があるんですが、こういうのって金銭的なバックアップがないと不可能になるんじゃないでしょうか。

佐々木:
 それはすごく懸念されている問題で本当にそうなんだよね。

 ひょっとしたらいずれそういう分野を担うネットメディアが出てくることはあるかもしれません。ただそれまでの空白期間が生じてしまう可能性があって、これは社会的に非常に問題で相当な損失であると思います。ただそこを何とかするといっても、その処方箋を誰も思いつかないのでどうにもならない。

 アメリカの場合はプロパブリカみたいな調査報道ネットメディアも出てきています。ピューリッツァー賞を取ったり、すごい話題になったんだけど、ただあそこは大金持ちの寄付で成り立ってるんだよね。日本の場合もともと寄付文化っていうものがないし、大金持ちもあまりいない。そうすると寄付で報道基金を維持するのは難しいんじゃないかな。

 かといって、有料制ではたぶん無理。アメリカの地方紙がどんどん潰れていく中で、地方紙の何人かの記者が有志で報道機関を設立し、調査報道だけをやるというような試みがいくつかあったんだけど、全部失敗しました。それまで毎月4千円払って新聞が毎日40ページ来ていたのが、調査報道記事を月に1本書くから千円払ってくれって言っても、たぶん読者は払ってくれないということです。毎日大量の情報が流れてくるからお金を払ってるんです。調査報道だけにお金を払う人はあまりいないっていうことですよ。

 そうすると残るのは大企業が別の目的で報道期間を持つようなことってのはあるかも。たとえば孫正義さんがソフトバンクのブランドのために報道機関を作るとか、何かのイメージ戦略のために報道機関を立ち上げるっていう可能性はありうるかもしれない。日本でも市民メディアがいっときはやったときに、ウィークリーマンションのツカサが「ツカサネット新聞」っていうのをやっていたことがありました。別に本業と何も関係ないけど、たぶんイメージアップを狙ってたんだと思います。そういうのが大規模化してでてくる可能性はあるかな。ただ、これは本当に未知数です。

 ちなみにこういう市民メディアも2005年ごろにたくさん出てきたんだけど、みんな潰れました。まあ記事がつまらなかったんだよね。結局「小泉改革はけしからん」みたいな、誰でも言えるようなことを書いても、そんなの誰も読まないよね。総表現社会とかよく言われていることの実態は、表現したい人がたくさんいるけど読みたい人が誰もいない世界だということ(笑)。

ニシゾノ君:
 今日一番興味をもったのがデータジャーナリズム、データサイエンティストでした。今日全体のお話を聞いて、もしかしたら安直かもしれないですけど、データジャーナリストになればいいのかな、って思いました。

佐々木:
 それは可能性あるし、ニーズはあるだろうと思います。でもやるなら、第一人者になった方がいいよ。みんながやったあとにやっても価値は減っていくし、先行者メリットってのは大きいからね。

ニシゾノ君:
 その中で、ビックデータをうまく使っていければということですよね?

佐々木:
 さっきも言ったように、データ自体が日本にあまりないので、そこをどうするのかっていうのが問題。

 あと大事なのは、フラット化しない仕事は「やってる人が少ない」けれど「ニーズが大きい」のが良い。これは当たり前のことなんだけど、現実には見つけるのが難しい。

 ニーズがあるけどみんながやっていると、値段競争になってしまう。やってる人はいないんだけど、ニーズがないものというのもちょっとつらい。たとえばアフリカ経済に詳しいジャーナリストだったら、ニーズはこれから出てきそうで、やってる人も少ないから可能性がある。でもボツワナの経済に詳しいジャーナリストってのは、たしかにやってる人は誰もいなさそうだけど、残念ながらボツワナでよほど日本に影響のある変わったことでも起きない限り、日本ではニーズはほとんどない。そこらへんのバランスをどう見極めるかだよね。

 今の時代は、就職先ではなく職種を選ぶことが大切。何の仕事をするか。だから大企業でも中小企業でもベンチャーでも何でもいいんです。そこで一番いけないのは、会社に埋没してしまって、管理職養成とか言われてぐるぐるあちこちの部門を巡り、回った挙句いろんな分野は知っているんだけど何一つできないというような人材になっちゃうこと。

 前に人材コンサルタントの人が言っていたんだけど、40代50代の大企業管理職の人が「転職したい」と希望して話を聞きに来る際、「あなたは何ができますか?」と聞くと、多くの人が「一通りやってきました」と答える。でもコンサルタントによると、こういう人たちは絶対に使えないそうです。

 そういう人たちは何でもできるジェネラリストって言いながら本物のジェネラリストではなくて、実はその会社組織の専門家にすぎない。あの常務と専務に通せばこの案件が通りやすいっていう、その社内の内部事情に非常に詳しいだけの人なんです。こういう人が外に出てもまったく使えないんですよ。

 だからそういう人にならずに、いかにして自分の専門性をつくっていくかが本当に本当に大切なんです。皆さんはいろんなとこに就職するでしょう。そして何年かしたら、転職するか独立するか考えると思うんだけど、その時に自分がこれができますって外に言えるかどうかっていうのが一番大事なんだよね。だから会社ではなく職種なんです。それだけは肝に銘じておいた方がいいと思います。

イマニシ君:
 先ほどおっしゃられたように、やってる人が少なくてニーズが高いところでやっていくのは一つの手だと思っています。そしていずれフリーランスで活躍するには、自分にスキルを付けないといけないと思うのですが、そのスキルを身につけられるのはやはり大企業なんでしょうか。でも上から落ちてくる仕事をこなすだけでは身に付かないのかなとも考えていて、それだったらベンチャーとかで自分で仕事をとってきた方がいいのではないかとも思います。

佐々木:
 それは何の仕事をするかで違うんだよね。たとえば技術者で理科系の人だったら、大手電機メーカーの中央研究所に行ったほうが、予算も技術も人材もたくさんある。だから研究者には大企業の方がむいてると思います。中小企業、ベンチャーだとそもそも金がないから基礎研究なんかできない。一方将来経営者になりたいとか、本来の意味でのジェネラリストになるには、やはり大企業いくよりベンチャーに行った方が絶対にいい。つまり自分で全部やらないといけないから、歯車的な仕事は一切ない。何の職種を目指すかによって変わってくるんじゃないかな。

 新聞記者になりたい、ほんとにジャーナリズムの仕事だけやりたいのなら新聞社行った方がいい。ベンチャーのメディアビジネス行ったら、新聞の仕事のほかにいろいろな雑用もしなくてはいけない。でもいろんなことをするっていうのが専門性の仕事っていうのも逆にあるわけですよ。それがイコール経営者だったり経営戦略だったりそういうビジネス的な仕事だよね。あなたが将来独立して経営者になりたいんだったら、ベンチャーに行った方がいいと思うよ、絶対に。

おつかれさまでした

司会者:最後に何かひとことずつ、お願いします。

オガワ君:
 僕は新聞社に入ってジャーナリストになってという夢があって、しかし新聞社の将来性に不安を感じていたので、新聞社に以前勤められていて、現在たくさんの活動をされている佐々木さんに意見を聞けたのは非常にためになりましたし、新聞社の将来的なニーズに活かせばいいのかという意見を聞けたので今日はいい1日でした。ありがとうございました!

キクカワ君:
 僕も今までバラバラだった知識が、佐々木さんの話を聞いてやっと体系だってきて、この2時間という時間がとても貴重なものになりました。ありがとうございました!

サカモト君:
 僕は今日印象的なことが二つあった。一つが、消費がきめ細かいサービスでつながって売れていくという部分。そして、企業ではなく職種であるということ。僕もすごく共感する部分があって、企業ではなくて自分の力をつけたいなと思いました。今日はありがとうございました!

佐々木:そうだね。自分の就職する会社が定年まであるとは、誰も思わない方がいいですよ。

イマニシ君:
 僕ははっきり言ってしまうと、ジャーナリズムという職にまったく興味がないんですが、ジャーナリストである佐々木さんがどんなことをやられてきて、日本で起きたことなどを取り上げられてきた方ですし、IT関連の書籍を現在執筆されているということで、そのあたりの話を聞けて、さらに今後どうなっていくのかどういったものが流行っていくのか聞けたので充実した2時間になりました。ありがとうございました!

ニシゾノ君:
 僕自身ジャーナリスト志望で、最初に申し上げたように新聞社がこれからどうなっていくのか不安を抱いていた人間だったので、今日はそういったお話を具体的にお聞きできたのはすごく感動的でした。
 もう一つは、佐々木さんが人を引き込むといいますかどんどん聞きいってしまいますし、ロジックがしっかりしていて胸にすっと落ちてくる話し方っていうのを、直接お会いして感じました。いずれ自分も人の胸にうまく落とし込める話し方、人としてのコンテンツを充実させたいなと思いました。ありがとうございました!

佐々木:これからは書くだけの仕事ではなく、講演もやってイベントもやってという世界なので、全人格で表現するにならざるを得ないと思います、頑張ってください。

ジンボさん:
 私は世界のことや世の中のことを、もっと知ろうと思いました。知るだけではなく流れも予測できるようになりたいなとすごく感じて、その上で自分がどう分析できるのかをこれから考えていきたいと思いました。それは就職のためではなく一人の人間として生きていく上で大切だなと感じました。今日はありがとうございました!

佐々木:生命力は大事だよ、やっぱり。みなさん、どうもお疲れさまでした!

一同:ありがとうございました!

(終わり)

※これは昨年12月17日のメルマガ「未来地図レポート」224号に掲載した記事の要約です。メルマガのお申し込みはこちらからどうぞ。